美容室は髪を傷つけるところだとわかった時、私は覇道美容師をやめた
- 山本 真弓

- 2025年11月9日
- 読了時間: 9分
更新日:2025年11月10日
美容師は無責任な既得権益者
唐突ですが、美容師の「タオルに柔軟剤は使わない」という常識をご存知でしょうか?
理由は、柔軟剤のコーティング剤がタオルの価値(フワフワ感)を損なうからです。
柔軟剤は洗濯しても繊維に残る仕組みのため蓄積され、毛が抜けやすくもなります。
そのため、柔軟剤無しでフワフワをできるだけ長く保つために、干す前に振ります。

タオルの両端をもって、大きくパタパタ2~3回。
これだけで繊維に空気が入り、脱水でペタンコになった繊維が立ち上がります。
髪も同じ、トリートメントや薬剤は毛髪表面に残ります。
シャンプーするたび落ちていくとして、落ちる頃合いにまたトリートメントやカラーを繰り返すと、残っているものの上に新しい残りものを塗りつけることになります。
「うちの◯は特別で」とか、「これはまったく新しい技術で特許をとった」と言っても、髪に塗った薬剤は髪に残り、積み重ねれば髪を痛めます。
美容師はそれを知っているはずなので、事前に伝えないのであれば、お客さまの髪に無責任な既得権益者ということです。
美容師はお客さまの悩みを解決できない
ほとんどの美容師は、お客様の髪の悩みの原因はお客様自身にあり、美容師の管轄外だと思っています。
このへんが「無責任」たる根拠です。
管轄外ということは、美容師はお客様の悩みを解決できないと宣言してるのと同じですから。
結局、美容師は、どこまでいってもお客様の悩みを『隠す』ことしかできないわけです。
ダメージレスとか、ツヤサラとか、耳障りのいい枕詞を信じて通うお客様は、髪質改善だと思い込んでいるそれが、まさか「髪質隠し」「髪質誤魔化し」だと知るよしもありません。
「実は、繰り返すと痛みますよ」と言わない(言えない)理由が、『無責任』なのです。
「水素はエビデンスがないんですよ」なんて、とてもじゃないけど言えない。

しかし、美容室を利用するお客様は、悩みを隠すことが本当の理想でしょうか?
違いますよね。
枝毛のない、風になびく、ツヤのある、美しい髪が生えることが本当の望みじゃないですか?
欠点を隠さなくてもいい、汗や湿気も気にしなくていい、美しい髪が生えてほしいと、潜在的に願いながら諦めていませんか?
もしそうであれば、美容室は問題を解決するところではなく、隠す(誤魔化す)ところだと認識を変えなくてはなりません。
美容室が扱う薬剤やヘアケア剤は、美しい髪が生えてくる薬剤ではありません。
今生えている髪を、(痛めながら)一時的によく見せる薬剤であることは、どんな優れた成分が開発されたとしても同じことです。
枝毛や、一度剥がれたキューティクルを修復する魔法の薬は、世界にもありません。
それは美容師のせいではなく、現代化学の限界なのです。
だからといって、湯シャンや自然療法を薦めるわけでありません。
現に、私の店のカラー剤もトリートメントも、薬効と薬害の両方あります。
唯一他と違うのは、薬効はそのまま、薬害を無効化する高い生薬効果です。
残留除去剤さえいりません。
薬害の失効は、前処理も後処理も、今流行りの炭酸水も水素も何をしても無効になります。
再生力が大きい生薬からすれば「余計なお世話」なのです。
美容室は髪を傷つけるところだとわかった時、私は覇道美容師をやめた
髪自身が健康になろうとする恒常性を抑制する美容商材に抵抗する私は、無責任な既得権益美容師をやめることにしました。
それは同時に、今の美容師業界の薬剤を真っ向から否定することにもなり、多数決で決まる社会において経営危機の覚悟が必要でした。
しかし、ある日、髪の衰えを老化や歳のせいだと苦笑するお客様を見て、原因はお客様だけじゃないと言わないのは卑怯だと思ったのです。
美容師業界の「お客様の知らないことを合理に利用する旧態依然」は、無責任だと自覚したのです。
私は、無責任な既得権益者は、覇道と考えます。
覇道とは、本当は良くないと知りながら、目先の欲に負けるがあまり、従わざるを得ない(仕方ないという)力に支配されることをいいます。
覇道の特徴は、刹那的なことです。
つまり、一時的、束の間、短いスパンで傷の上塗りを繰り返すのが覇道の特徴です。
新しく生える髪は、体質のせい、年齢のせい、ストレスのせい・・・と信じ込むお客様に、「それだけじゃない、今やっている施術のせいでもある」と言わない、無責任な既得権益者は、今だけキレイにしてもらえ、感謝さえされます。
それが「覇道」です。
だから、美容室は髪を傷つけるところだとわかった時、私は覇道美容師をやめたのです。
私を信じる無垢なお客様を見て、ものすごい無力感が襲来しました。
そして、東洋医学へ歩を進め、経絡療法ができるカット技術を身につけました。

過去12年、14,000件以上の持続可能な美しさと、健康年齢の伸長の2つの実績は、私ではなくお客様自身が積み上げてくれたのです。
西洋医学では、口から入れたものが毛細血管を通して体表に現れるといいます。
かたや東洋医学は、不調の原因の本質は、すべて「中」で作られるといいます。
七年の病に三年のもぐさを求む
これは、7年もの長い病気にかかってから、3年もかけて乾燥させる上質なもぐさを求めるように、困ってから慌てても間に合わないという意味です。
普段から準備しておく大切さを教えてくれることわざですが、私が覇道美容師をやめた核心でもあります。
このことわざを具体化し、商品化したのが、美容経絡カット、美容経絡ヘッドエステ、美容経絡フェイシャルです。
美容経絡カットは、生えている髪を、薬剤なしで、手触りや質感、ボリュームを数週間保つことができます。
カットと言いましたが、実際、髪は切りません(切れても1mm未満)
髪とハサミの摩擦で熱エネルギーを起こし、経穴を反応させるスキルを持ちます。
ヘッドエステやフェイシャルは、手指と頭皮(皮膚)との摩擦で熱エネルギーを起こし、経穴を反応させるスキルですが、反応は脈の動きで誰でも確認できます。
原義は、ライターの原型「刻みたばこ用点火器」の構造と理論的にほぼ同じです。

上記画像の「もぐさ」は火種ですが、美容経絡でもぐさ役は、お客様の髪、頭皮、皮膚です。
火打石と衝撃子は、ハサミの両刃、手指です。
ハサミも人体も電気を通します。
火花は、熱エネルギーです。
熱エネルギーは、もぐさが吸収し着火したり、遠赤外線のように人体が吸収し、血流が活発になります。
美容経絡の熱エネルギーは、人体に吸収される前に経穴(ツボ)が反応し、一番関係の深い経穴が共鳴します。
共鳴した経穴に関係の深い他の経穴が反応し・・・を繰り返し全身の経穴が連動します。
ちなみに、ライターの原型、刻みたばこ点火器を発明したのは、平賀源内でした。

経絡療法のスキルの最たる特徴は、数週間とか、数カ月だけ云々ではありません。
お客様の潜在欲求であり、覇道美容師をやめた私自身の悲願でもある、美髪再生からの健康年齢の伸長は、私たちを王道美容師に進化させました。
切らないカット
前身と課題
切らないカットの前身は、レプローストカットといいます。
今、レプローストカットができる美容師は、全国に28名いますが、私はそのうちの1人です。
しかし、レプローストカットは、マーケティングをしていないため、持続可能な開発をする者が1人もいないのです。
このマーケティング課題が、12年経った今も暗礁に乗り上げたまま、誰も手をつけようとする人がいないため、私が先陣を切ったという背景があります。
改名と課題解決
持続可能な開発をする者が1人もいないということは、私が積み上げてきたマスターランクの技も、後継者不足で絶滅危惧種に他なりません。
その課題解決のため、「美容×経絡」を一言で表したものが、『美's DNA™』です。
経穴の性質である情報伝達機能を利用し、損傷したDNAを修復する経絡療法は、美容だけでなく、身体の改善を助け再発を防ぎます。

また、美's DNA™で体表(表面)が変化した時、中では相乗効果が起きています。
これは、全身の経穴(ツボ)は、連動しているため起こる現象です。
事業コンセプト
美's DNA, A TIMELESS GRACE, STIRRED BY SERENDIPITY. 偶然が生み出す"永遠の美"~美's DNA~ |
商品コンセプト
改善を助け再発を防ぐ美容経絡 |
上記は、単に耳障りのいい言語を羅列するだけのイメージアップを図るものではありません。
前身のブランドに敬意を示し、一貫した持続可能な美の開発を高付加価値に置換し、お客様と美容師に還元する私の所信表明でもあります。
私にとって「美's DNA™」という言葉は、お客様のみならず、美容室業界に革命を起こすための、ものすごく重く、ものすごく深い意味があり、改名に至りました。
今までとこれから
12年前、方向転換し、覇道美容師をやめた時、支店展開していた2店舗を売却、スタッフも多くやめていきました。
常識に抗う恐怖は共感できますから、快く見送りました。
夫婦で病気を経験した時も、美容師をやめるという選択肢はなく、同業者と力を合わせ、カンボジアの子どもたちに学校を建てることも続けていきたかった。

だから、残ったスタッフと、私たち夫婦、たった3名で一から出直し、王道を極めました。
「七年の病に三年のもぐさを求む」を実際に体現し、更新し続け、健康年齢を伸長したお客様がいなければ、今までとこれからは成し得ないのです。
そういった実績を、まだ出会っていない、これから出会うであろうお客様に非公開にすることは、私の愚の骨頂、愛の出し惜しみであり、強みは生きた化石、私は生きた屍(しかばね)にしかならない。
私の元を巣立ち、経営者になったスタッフから通年もらう周年祝のメッセージさえ、「勝って兜の緒を締めよ」と読めるのです。
お客様にメンテナンスの重要性を認められた私自身が、自分のメンテナンスを怠った時、この店の最終回は、悲惨な結末というのが見えるからです。
26年続いたことがすごいのではなく、26年どうやって続けてきたのか、それをどう変えていくのかという新しい「気づき」がなければ、社長失格なのです。
自転車操業で30年続いている店を見ればなおさらです。
隣の芝生はいつも青く見えますから...。
人に言うのは簡単、自分がそれをするのは至難。
それが人間の性ですから...。


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